vol, 20 「一人静」ある朝目が覚めると、耳が聞こえなくなっていた。まったく。何も。私はただうろたえる。 どうしようどうしよう。 何も聞こえない、怖いくらいの静寂。 どうしようどうしよう。 とにかく彼を揺さぶり起こす。 「どうしたの?」と彼の唇が動く、でも聞こえない。 「何も聞こえないのよっ!」私は大声をあげる、 その声すら聞こえない。 どうしようどうしよう。 私は彼の体をなおも揺さぶる。 「何も聞こえないのよ、どうして分かってくれないの!」 彼は怪訝そうな顔で私を見つめる。唇は動かない。 イライラと不安が交差する。 私は泣きそうになる。 彼の体がグニャリと曲がった瞬間、目が覚めた。 辺りを見回す、どうやらソファで寝てしまったらしい。 真夜中なのか、外はまだ暗闇が支配している。 夢でよかった、ホントに・・・ キーンと耳鳴りがする、痛いほどの耳鳴り。 次の瞬間私は悟った。やっぱり何も聞こえない。 窓の外を車のヘッドライトが泳ぐ、静かに。 私は手を叩いてみる、感覚だけ伝わる、音は無い。 声を出してみる、ああと脳の奥にだけ聞こえる。 私はまたうろたえる。何が起こっているのか。 これも夢かと考える。しかし現実のようだ。 ―私の耳は聞こえなくなってしまった― もう音楽を聴くことも出来ない。 もう映画を見ることも出来ない。 もう友達と話すことも出来ない。 もう親に電話することも出来ない。 もうサイレンが鳴っても気付かない。 もう電子レンジが止まっても気付かない。 もう目の前で放屁されても気付かない。 もう街で話し掛けられても気付かない。 風の音も、雷の音も、虫の声も、 車の音も、バイクの音も、工事現場も、 夜の街も、群衆の声も、男の誘いも、 歯磨きの音も、炭酸の音も、時計の音も、 そして、彼の声も。 すべては無、無、無。もう何も聞こえない。 時計を見上げる、まだ夜中の3時過ぎだ。 とりあえず彼を起こして、説明しよう。 それからどうするか考えるのだ、 今はそうだ、落ち着かなくては。 また耳鳴りがする、痛いほどの耳鳴り。 思わず耳に手をあてる。うぐっ、はうっ! 私は言葉を失った。 ・・・耳栓してた(実話です) |